福井市立安居中学校と伊那市立伊奈小学校のそれぞれの公開研究会に参加しました。いずれも公立学校でもここまで出来るのか、という素晴らしい取り組みをしている学校でした。
福井市立安居中学校
安居中学校は、福井駅からバスで25分ほどののどかな地域にある公立中学校です。11/22に公開研究会があり見学してきました。
安居中学校は、「志を持って、挑戦し続ける生徒の育成」を教育目標とし、Agencyを育む学び(自ら考え、主体的に行動して、責任を持って社会変革を実現していく学びを、生徒、教職員、地域の方々がともに追究し、実現していく)を特徴としています。
公開研究会で感銘を受けたのは、MyLearningの発表です。
MyLearningは、生徒一人一人が1年間を通じて自分が何を学んだのか、どんな成長があったのかを振り返りプレゼンテーションする場です。これは、まさにHigh Tech High(HTH)で行われている"Presentation of Learning(POL)"でした。
HTHの取り組みを捉えたドキュメンタリー映画 "Most Likely to Succeed" の中で私が最も重要だと思っているシーンが、生徒自身がPOLで自分の成長を語るシーンです。今の学校教育では、子どもたちは多くを与えられ、自分の学びの結果も成績として大人から評価される経験がほとんどです。POLは、子どもが自分の学びを振り返り、自分の言葉で語り、その内容について他者からのフィードバックを得る、まさにAgencyを育む学びです。
安居中学校のMyLearningでは、生徒が学年横断で3人グループになり、それぞれが順番に自分が1年間を通じて成長したことについてプレゼンします。そのプレゼンを聞いてグループの他の生徒や、保護者や一般の参観者が質問をします。グループの運営は生徒自身が行い、一人30分の持ち時間の中で発表と質疑応答を行っていました。30分間を使って自分の学びについて振り返る時間は、一般的な公立中学校で作れているところはほとんど無いのではないでしょうか。
中学2年生の生徒は、自分がハンドボール部で先生からキーパーをやってみたら、と言われたときの葛藤と、挑戦してみたことで得られた気持ちの変化、そこから得られた学びをしっかりと言語化して話してくれました。
企業向けでリフレクションのワークショップ講師をやることもありますが、企業のマネジャークラスでも自己の学びをこれだけ明確に言語化するのは難しいと感じました。
安居中学校は全校生徒が59名の単級校です。各学年の生徒数が20名前後の小規模校だからできる、というのは事実でしょう。ですが、学校の目指す姿や教職員の意識が生徒たち一人一人の主体性を大切にして、子どもたちの学びに寄り添おうという姿勢になっていなければ実現できない教育だと思います。
安居中学校は校舎も素晴らしい構造で、校内にたくさんの掲示物があります。掲示物は、学校の目指す姿や、研究活動の成果が貼り出されていて、生徒が日々目にするものの質がとても高いことが印象的でした。
伊那市立伊那小学校
伊那小学校は、映画「夢見る校長先生」でも取り上げられていた60年間、通知表や時間割のない総合学習に取り組んできた公立小学校です。2/1に公開研究会に参加してきました。
驚いたのは公開研究会に全国から1000人近くの参観者が集まっていたこと。全国から注目される伊那小の活動はどのようなものなのか。初めて自分の目で見ることが出来ました。
伊那小といえばヤギやポニーを飼育し、自然豊かな環境で学びを実践している学校なので、勝手に山奥に位置する小規模校だと思っていました。初めて訪れた伊那小は伊那市中心部から徒歩10分程度にある、全校児童600人を超える中規模校でした。1学級の人数は30人以上で都心の小学校となんら違いはありません。
公開研究会では6年生の授業を参観しました。
6年智組が取り組んでいたのは「冬の林で みんなと楽しもう」という総合活動で、自分のピザを作っていました。伊那小のすごいのは、薪窯から自作し、窯の温度管理を行い、ピザ生地の発酵の調整、生地を伸ばして具材を乗せピザソースを自作して窯で焼くことまで子どもたちだけでやっていることです。
小中学校の探究学習でよくあるのは、取り組みテーマに対して探究サイクルを2回か3回行って最終発表を行うというもの。文科省が出している探究的な学びの課程をなぞり、2,3サイクルで学びを深めようとします。このような学習では、たしかに調べ学習をして発表、というものよりも一段深い学びがあるかもしれません。
しかし、伊那小でのピザ作りでは、児童はすでに4,5回ピザを焼いていました。何度もピザ作りを進める中で、うまく行かないことを修正して「わたしのピザ」を作り上げていきます。ピザがうまく焼けたかどうか、に留まらず、より美味しい、見た目も完成度も高いピザを一人一人が満足が行くまで作る。これは熟達のプロセスであり、真の探究の姿だと感じました。
研究会では助言者の同志社女子大の吉永先生が、伊那小での学びをロン・バーガーによる「エクセレンス」の追究と説明しました。ロン・バーガー氏はHTHの創設に関わった教育者であり、HTHでは完成物の美を追究し、それを校内に展示することで生徒の感性を育てています。
エクセレンスとは、卓越、質の高さ、美しさであり、伊那小のピザ作りは、ピザ作りを体験する、というレベルをはるかに超えて、自分が目指す最高のピザを作る、というプロフェッショナルの姿でした。
今回視察をした2校は、いずれも普通の公立学校です。
私が6年前に"Most Likely to Succeed"を観て衝撃を受けた学びの姿が、これらの学校には存在していました。
安居中学校で実現されていた Presentation of Learning は、子ども自身が学びや成長を自己認知するプロセスです。主体的な学びの結果は、主体である自分にしか分かりません。学びの成果を自己理解する機会を大人が奪っているのが、現状の学校現場ではないでしょうか。
伊那小学校で実現されていたエクセレンスの追究は、探究の真の姿です。Most Likely to Succeedの印象的なシーンは、高度なデザインを追究するあまりに発表までに完成することが出来なかったブライアンの姿です。ブライアンは発表後も夏休みを使って設計の改善を行い、ついには目指したデザインを完成させます。「授業時間」という制約は探究の幅を狭めます。夢中で没頭して取り組む姿こそが深い学びではないでしょうか。
一方で、これらの素晴らしい学校の取り組みが広がらないことを改めて痛感しました。公立学校なので、教員は数年で入れ替わります。安居中学校、伊那小学校を経験した教員はそれぞれの地域にたくさんいるはずですが、地域全体がこれらの学校のようになっているわけではありません。ユニークな取り組みが広がらない、日本教育全体の問題も垣間見えました。
エジプト日本学校(EJS)
この2校の公開研究会で、どちらも外国人の集団を目にしました。
この人たちはエジプト日本学校の先生たちで、福井大学に研修に来ている方々でした。この学校は7年前に日本の協力によって設立され、現在は中学生まで通っています。福井大学には年間4回、4週間の研修で毎回40名の先生たちが来日しているそうです。
エジプトでは日本式の特別活動が評価され、特別活動を組み込んだ学校教育が行われています。EJSの先生たちはとても熱心で、児童や生徒の様子をよく観察し、質問をしたり細かくメモを取っていました。また、女性が多かったのも印象的です。
今「小学校 ~それは小さな社会~」というドキュメンタリー映画が注目され、アカデミー賞にノミネートされたことが話題になっています。この映画は日本人監督の山崎エマさんが撮った東京の公立小学校の映画ですが、海外で先行公開して大反響を受けて日本公開になりました。
日本の教育は変革が求められていますが、内にいると日本式教育の良い面はなかなか見えません。より高い視点で俯瞰して、変えるべきところ、残して磨くところを把握することも求められていると感じました。
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